直会祭(なおらいさい)

直会祭(なおらいさい)


 

祭典 5月3日 午後2時から


 社伝よると垂任(すいにん)天皇五十四年四月三日に豪壮な社殿を造り伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)尊の二柱を合祀し奉った時、勅使(ちょくし)の参向があったことを記念する祭で、数々の神事が直会殿(なおらいでん)を中心に行われ、神人ともに直会するところからこの祭の名前が生じたと思われます。

 元は陰暦4月3日に行われていたので四月の祭とか四月三日(しんぐわさんち)の祭とも呼ばれ、現在は休止していますが、神事相撲、当式(頭直)(とうじき)の神事:【墨付け神事】、流鏑馬(やぶさめ)などが行われ近郷諸所の祭礼のなかでも有数の賑いだったようです。戦後の制度改革が行われるまで当社神領6ヶ村【佐太、古江(ふるえ)、生馬(いくま)、恵曇(えとも)、講武(こうぶ)、御津(みつ)】の氏子が秋鹿郡(あいかごおり)・島根郡(しまねごおり)に別れ隔年で祭に奉仕していました。現在の祭は陽暦5月3日におこなわれ、佐陀宮内地区の氏子で組織する佐太神社古伝神事保存協会によって継承、奉仕しています。

 祭は勅使名代以下祭員、氏子が祭屋で盃事の後、齋場に参集し、直会殿の神事として祝詞奏上(のりとそうじょう)、宮司奉幣(ぐうじほうへい)、八乙女舞(やおとめまい)に続き杯式(さかずきしき)が行われます。これは矢筒(やづつ)、小太刀(こだち)、大太刀(おおだち)の順で杯に注がれた神酒(みき)を頂くというものでその所作は勇壮で武家の儀式を遺すと伝え、江戸時代には松江藩の武士が行っていたと云います。

 続いて庭上(ていじょう)の神事として獅子舞が舞われます。勅使(ちょくし)名代(みょうだい)が着座する前で獅子が舞い、神扇をうけて舞いおさめます。なお、この獅子に頭を噛んでもらうと無病息災で暮らせると云い、特に子供連れの参拝者はわれ先にと獅子の前に列を作ります。

 次に舞殿では国庁(こくちょう)神事として神子ノ舞(みこのまい)・地固ノ舞(じがためのまい)・猿田三番ノ舞(さださんばんのまい)【矛ノ舞(ほこのまい):猿田彦命(さるたひこのみこと) 幣ノ舞(へいのまい):天児屋根命(あめのこやねのみこと) 榊ノ舞(さかきのまい):天太玉命(あめのふとたまのみこと)】が執り行われ

 

ます。これらの舞は当社建立の際の遺風を傳える物であるといい、奏楽(そうがく)も所作も非常に単調ですが古い舞楽の流れを遺すものとされ今後の研究が期待されています。

 杯式

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